i.色に関する弁別システム(脳のパターン認識=網膜〜視神経〜大脳皮質)
 パターン認識(pattern recognition)は、認識対象がいくつかの概念に分類できる時、観測されたパターンをそれらの概念のうちの1つに対応させる処理であるから、この概念をクラス(class)あるいは類(category)と呼んでいる。例えば、数字の認識は、入力パターンを10種類の数字のいずれかに対応させることが目的である。
7_57_ICS_デザイン_意匠
 通常、脳によってパターン認識する対象は、色彩、形状、状態などでありそれぞれ固有のアルゴリズム    
で視覚された「もの」の情報を認識している。
右図上側は、色彩の情報を得るための色知覚メカニズムであり、右図下側は、形状などを認識するための眼覚信号経路を示している。情報伝送経路はどの場合においても同じようなメカニズムであるが、パターン認識は、最終的には大脳皮質によって行われている。
 一方、ローゼンブラットが提唱したニューラルネットワークはや単層パーセプトロンは、基本的に連想記憶、すなわち、ある入力に対する連想される記憶に対して出力する装置として作用する。
ここでいう連想記憶は、まさにパターン認識の問題と極めて深い関係にある。
7_58_ICS_デザイン_意匠 人間の脳は、何よりも優先して環境に上手く順応して、生き延びながら進化してきた。そのために、生活環境の範囲で巻き起こされる様々な自然現象を論理的にカテゴリー化し、さらに認識できることが常に要求されてきた。生命を維持するため、病から解放されるさるため、           
或いは危険から回避できるようにするために、森羅万象の出来事の中からそれらの因子を「見分け」たり、「感じ分け」たりするための「パターン認識」の能力が絶対的に必要になっていたのである。このような進化の過程で、ヒトの脳が直面したテーマは、超コンピュータが解くような画期的なテーマでは基本的に異なっていることに注意する必要がある。コンピュータと違って、ヒトの脳に取っては四則演算や抽象的な算法のような情報処理はそんなに自然なものではない。これらの違いは、脳とコンピュータにおいて、単に原理的な差を表しているというよりは、両者が進化して来た目的環境の差を表していると考えた方が合理的である。

j.ニューラルネットワークとパターン認識
シャノンは、情報理論の先駆けとなった1948年の論文の中で次のように述べている。「コミュニケーションにおける基本的な問題は、一方において選択されたメッセージを、他方において正確に、もしくはほぼ正確に再現することである。しばしば、これらのメッセージは、「意味」を持っている。すなわち、これらのメッセージは、あるシステムの中で、何らかの物理的ないしは概念的な存在と、関連づけられているのである。しかし、このようなコミュニケーションの持つ意味論的な側面は、工学的な問題とは関係がない。重要なことは、実際に送られるメッセージが、幾つかの可能なメッセージの集合から、選ばれたものであるという事実だけなのである。」このような考え方に基づいて、情報理論は構築され、ニューロンの発火の情報論的な意味についても、盛んに研究されている。
 シャノンのアプローチを踏襲した今日のいわゆる「情報理論」は、数学的には確率論の一部である。脳の機能を理解する上で、確率的なアプローチの有効性には限界がある。アンサンブルの考え方に基づく反応選択性が認識を説明する基礎概念とはなれないのと同じ理由で、情報理論に基づいてニューロンの発火と認識の間の関係を説明することはできない。そもそも、シャノン的なアプローチは、ノイズのある通信路で、いかに信号を効率よく送るかいった問題にこそ有効なのである。何故ならば、まさにこれは確率論の問題だからだ。脳においては、このようなアプローチは末端の感覚器(例えば網膜の光受容器)には有効である。だが、中枢の、視覚の認識や抽象的な思考が行われている領野における情報処理の原理を理解する上ではほとんど役に立たない。
 脳の機能を理解する上で必要な情報の概念は、まず、ニューロンのネットワークのダイナミックスを反映したものでなくてはならない。ニューロンの発火のパターンを、抽象的なビット列としてとらえるのではなくって、ある発火のパターンが、他のニューロンにどのような影響を与え、その結果どのようなニューロンの発火の時間発展が実現されるかということに基づかなければならない。つまり、「ダイナミックスに埋め込まれた」情報概念でなければならないのである。
 さらに、脳の機能を理解するために用いられる情報の概念には、クオリアの表現が含まれなければならない。なぜならば、クオリアは、脳の情報処理において、本質的な役割を果たしているからだ。 例えば、ヒトが「赤い」、「ビロードのような」、「バラ」という視覚特徴を視野の中の同じ位置に属する性質として認識し、結果として「赤いビロードのようなバラ」という単一の視覚像としてと結びつけることができるのも、それぞれの視覚特徴が独特のクオリアを持っていて、お互いを混同することがないからである。それぞれの視覚特徴が、「3」、「7」、「-1」といった数字で表されていたとしたら、それらを単一の視覚像として認識することは不可能だったであろう。
 また、ヒトの脳の中で言葉の意味が成立するメカニズムは、ちょうど認識においてあるクオリアを伴った認識の要素が成立するメカニズムと似ていると考えられている。すなわち、言葉の意味も、言葉の意味を司る脳の領野(ウェルニッケ野)におけるニューロンの発火の間の相互作用による結び付きから決定されてくると考えられるているからである。
 ヒトは、自分の外の事象を認識している場合と、単にそれをイメージしているに過ぎない場合を区別することができる。また、現在まさに目の前にあるものを認識している場合と、過去に見たものを思い出している場合を区別できる。重要なことは、このような区別は、それぞれの場合に私たちの心の中に浮かぶ表象のクオリアの違いとして現れるということである。例えば、現在、外にあるものを認識している場合には、そこには非常に鮮烈な、生々しいクオリアが伴っている。それに比べて、過去に見たものを思い出している時のクオリアは、薄ぼけた、抽象的なものである。ヒトは、このような区別を当然のものと思ってしまいがちである。しかしながら、これらの表象は、元をただせばニューロンの発火に過ぎないものであるいえる。物理現象としては均一なニューロンの発火から、どのようにして「自己の内と外」、「現在と過去」といった区別を支えるクオリアの差が出てくるのか? この問いは、脳の情報処理能力の根幹に関わる根源的な問題なのである。
 ヒトの脳の中で起こっているパターン認識は、ややもするとコンピュータと無縁の関係にあるように想定されることがあるが、感覚の違いなどはむしろクオリア(感覚としての)の違いを直感的に把握しているように思われる。
7_58a_ICS_デザイン_意匠

下図の出典先:AI-SCHOLAR https://ai-scholar.tech/others/cnn-shap-ai-110/ (GIF画像あり)
7_58b_ICS_デザイン_意匠